我が母の伝説
自らがオトナとなり、人の子の親となってみて、
ふと、こう思い返すことはありませんか?
「あの時、かーちゃんすごかった!」と。
懐かしき、すさまじき母の伝説、ご披露ください。
投稿期間:9月16日〜9月30日

自らがオトナとなり、人の子の親となってみて、
ふと、こう思い返すことはありませんか?
「あの時、かーちゃんすごかった!」と。
懐かしき、すさまじき母の伝説、ご披露ください。
投稿期間:9月16日〜9月30日
|
私の実家は母が病気であまり接する事が出来ませんでした。でも運動会や遠足の時には必ずのり巻きといなり寿司と唐揚げを作ってくれました。今はもう他界していませんがたまに食べたいなと思います。姉が自分の子供達に唐揚げ弁当を作るとまさに母の味!あの微妙な濃さといい懐かしさを感じます。姉から言わせると私の作るいなり寿司やのり巻きは母の味!だそうです。お互い子供の運動会の時には集まるようにしてお弁当を持ち寄るようにしてます。お互いの子供達にも大きくなってから思い出して欲しいです。ちなみに姑がつい最近まで通信制の高校に通ってました。その時に遠足があったのでいなり寿司のお弁当を作ったら泣かれちゃいました。なぜかと聞くと姑はよその親戚に預けられていて自分の為のお弁当は生まれて初めてだったそうです。やっぱり母親のお弁当は代々伝説として残して欲しいです。 |
|---|
|
最近、体調がすぐれなくて、
実家の母に話すと、
母は強って言うけどほんとにすごいなって思いました。 私も、早くその領域にたどりつきたいと思います。 |
|---|
|
私が子供の頃、母はいつも体調が悪かった。
|
|---|
|
私の母は昔からなぜか悪ぶるのが好きです。 中学に上がる前には「お弁当なんてめんどくさい。バゲットにハムとレタス挟むからランチにしてね」と言いつつ、蓋を開けてみればどこの料亭のお弁当かと思う程、様々な食材を使った美しいバランスの取れたお弁当を作ってくれて毎日隣のクラスから見学に来る生徒がいるほどでした。 高校に入ると「あ、留学させるから。だってめんどくさいもーん。」と訳の分からない理由で結局高校と大学の計4年間をアメリカで過ごすハメに。後から聞いてみると、世界で活躍できる女性になって欲しかったらしいのですが当初はすごい理由に「?」でした。 今だに悪ぶって突っ走る母に苦笑いの日々です。 |
|---|
|
50年前、母40代後半、隣町の小学校に転勤!女傑の母「goodki、車の免許取る、援助せい!」「・・・・・・」、当時は取らせてやる気分の若い教習所先生「おばさん!何で免許!その年で、女で!」カチンと来たが、熱心に通う、しかし遂に若い教師と喧嘩して「やめた!」・・・・・。
|
|---|













※ご意見・ご感想・ご質問は
voice@curara.net
までお問い合わせください。